アメリカ大学からスーパードラフトでプロの道へ
アメリカのプロスポーツ界には、独特の選手獲得システムである「ドラフト制度」が存在します。特にサッカーのMLSでは「スーパードラフト」という制度を通じて、大学サッカー選手がプロの世界へと踏み出す道が開かれています。この制度は1996年のリーグ創設以来続いており、多くのスター選手を生み出してきました。しかし近年、MLSの国際化やアカデミー制度の発展により、その役割は大きく変化しています。本記事では、アメリカ大学サッカーからスーパードラフトを経てプロになるまでの道のりと、その現状について詳しく解説します。
MLSスーパードラフトとは
MLSスーパードラフトは、アメリカの大学サッカー選手がプロリーグであるメジャーリーグサッカー(MLS)に入るための伝統的な主要経路です。NFL(アメリカンフットボール)やNBA(バスケットボール)などの他の北米プロスポーツをモデルにしたこの制度は、リーグ内の戦力均衡と国内有力選手の発掘を目的としています。
スーパードラフトの歴史と変化
MLSスーパードラフトは1996年のリーグ創設時から存在していますが、当初は形態が異なっていました。リーグ初期には「MLSカレッジドラフト」(大学卒業資格のある米国人選手対象)と「MLSサプリメンタルドラフト」(それ以外の選手対象)の2つのドラフトが存在していました。
2000年、これら2つのドラフトが統合され「MLSスーパードラフト」が誕生しました。この統合の目的は選手獲得プロセスの合理化と、特に成績下位チームや新規参入チームへの優先指名権付与による戦力均衡の強化でした。
スーパードラフトのフォーマットは時代とともに大きく変化しており、当初は6ラウンド制でしたが、2005年の選手会契約後に4ラウンドに削減され、その後も2ラウンドや3ラウンドに短縮された時期があり、近年は主に3ラウンド制で実施されています。
開催形式にも変化があります。2020年以降、新型コロナウイルスの影響によりドラフトは会場集合型からリモート形式(電話会議、オンライン配信)へと移行しました。さらに2025年ドラフト(2024年12月開催)では公式ライブ配信が、ウェブサイトでのリアルタイム更新のみとなりました。
ドラフトの仕組み:大学からMLSへの橋渡し
スーパードラフトは複雑なルールと手順によって運営されており、選手、クラブ、リーグそれぞれが独自の役割を担っています。アメリカでプロサッカー選手を目指す人は、この仕組みを理解しておきましょう。
選手の参加資格
スーパードラフトの主な対象は米国の大学スポーツ(NCAA, NAIA等)に所属する選手です。
以前は大学プレー資格を終えた4年生(シニア)が主な対象でしたが、2024年ドラフトからは重要な変更があり、大学2年生(ソフモア)、3年生(ジュニア)もドラフト対象となりました。以前は下級生は原則としてGeneration adidas(GA)契約が必要でした。
MLSクラブのアカデミーで育成されたホームグロウン選手は通常ドラフト対象外です。ただし、大学資格終了後、所属アカデミークラブが期日までにMLS契約を提示しなかった場合は対象となる可能性があります。
Generation adidas (GA) プログラム
Generation adidas(GA)プログラムはMLSとアディダスが共同運営する特別なプログラムです。このプログラムは有望な大学下級生やユース代表選手等がドラフト前にMLS契約を結び、ドラフト対象とすることで、海外流出を防ぎ、若手タレントをリーグ内に確保する目的があります。
GA契約を結んだ選手には多くのメリットがあります。最低保証年俸より高給でMLSプロ契約が保証され、教育継続のための奨学金も保証されます(プロキャリア早期終了時)。ただし、GA契約によりNCAAプレー資格は失われるため、慎重に決断する必要があります。
クラブにとってもGA選手獲得にはメリットがあります。GA選手のサラリーは契約初期(最大3年)にサラリーキャップ(年俸総額制限)対象外となるため、大きな財政的インセンティブとなります。
GA選手は通常、ドラフト候補者の中で高く評価され、早期に指名される傾向があります。実際、2003年から2020年までの全体1位指名は全てGA選手でした。
ドラフト指名順の決定
MLSスーパードラフトでは、前シーズンの成績に基づいて指名順が決定されます。成績が振るわなかったチームや新規参入チームには、上位の指名権が自動的に与えられる仕組みとなっており、これによってリーグ全体の戦力均衡を図っています。
指名順は、まず新規参入チーム(エクスパンションチーム)が全体1位または上位指名権を自動的に獲得します。次に、プレーオフに進出できなかったチームの中でレギュラーシーズンの勝ち点が少ない順に指名され、プレーオフに進出したチームの中で敗退ラウンドが早い順に指名されます。そして優勝チームが最も後ろの指名権を得ます。
指名後の選手保有権
GA選手や事前契約選手以外で、指名後にMLS契約に至らなかった選手(大学復帰、他リーグ契約等)については、指名クラブが「スーパードラフト優先リスト(SuperDraft Priority List)」に登録します。
これにより、クラブはドラフト翌年の12月31日まで(約2年間)、その選手に対するMLS内での独占交渉権を保持します。期間終了後は、クラブはMLSでの権利を失います。指名された下級生が大学復帰を選択した場合、クラブは約2年間優先権を保持しますが、選手は将来のスーパードラフト対象資格を失うという重要な制約があります。
また、指名選手がプレシーズンキャンプ約5週間参加後に放出された場合、ウェーバー公示(他チームへの獲得機会提供)を要求できます。他クラブが獲得しなければ元のクラブの優先リストに残ります。
NCAAとMLSの連携
アメリカでは大学スポーツが特別な地位を占めており、MLSとNCAAの関係はプロサッカー選手育成において重要な役割を果たしています。
大学でのパフォーマンス評価
MLSクラブは様々な方法で大学選手を評価しています。クラブスカウトによる試合・トーナメント視察が基本ですが、特に重要なのがNCAA公認の「adidas MLSカレッジショーケース」です。
これはドラフト前に開催される非公開招待制イベントで、全MLSクラブのテクニカルスタッフがトップクラスの大学選手(下級生含む)を直接評価します。このイベントは、ドラフト対象者リストの最終決定に大きな影響を与えます。
評価指標としては基本的な大学でのスポーツ成績(ゴール、アシスト)やプレー内容が使われますが、プロレベルでの通用可能性を見極めるのは困難です。出場時間、得点、アシスト、守備貢献、ゴール期待値(xG)やゴール貢献度(g+)、所属カンファレンスレベルなどが考慮されます。
スーパードラフトからプロへの道
大学からMLSへの道のりは長く、多くの壁が存在します。どのような過程を経て選手がプロになるのかの道筋について理解しましょう。
典型的な道のり
大学からプロへの典型的な道のりは、高校やユースクラブでのプレーから始まり、大学へのリクルートへと続きます。大学では学業と競技を両立しながら、パフォーマンスを高めることが評価に直結します。
ドラフト前には、MLSカレッジショーケースへの参加や、GA契約オファーの検討、コーチや代理人を通じたクラブからのアプローチの受理などが行われます。ドラフト当日にチームから指名されると、次はプレシーズンキャンプへの参加となりますが、これは実質的なトライアルの意味合いを持ちます。
指名されただけでは契約は保証されず、多くの選手はロースター(選手登録枠)入りの競争に直面します。実際、多くの指名選手はMLSチームからの放出か、傘下チームとの契約という結果になります。
ハードルと決断
大学からプロを目指す過程では、多くのハードルと重要な決断に直面します。まず学業成績の維持は大学プレー資格を保つために不可欠です。また怪我のリスクは常に高く、キャリアの中断や終了につながる可能性もあります。
代理人との契約に関しても、そのタイミングや方法が重要で、NCAA規定に違反しないよう注意が必要です。GA契約を受諾するかどうかも大きな決断で、受諾すればプロ契約は保証されますが大学資格は失われます。特に下級生にとっては、ドラフトへの意思表示や、指名後の大学復帰かプロ入りかの選択が重大です。大学復帰を選んだ場合、将来のドラフト資格は失われますが、指名クラブの優先リストには残ることになります。
契約交渉においても多くの選手が困難に直面します。GA選手以外は基本的にMLS給与体系内での交渉となり、多くは最低保証年俸に近い条件となります。
プロへの挑戦
大学からプロへの道のりでは、多くの決断を迫られます。また、契約の非保証性、学業とNCAA規定の厳格さ、怪我のリスクなどが厳しさを増幅させます。
全体として見ると、大学からMLSへの道のりは困難な障害物コースのようなものだと言えるでしょう。しかし、その困難を乗り越えた選手たちが、MLSや国際舞台で活躍している例も確かに存在します。
アメリカのドラフトからプロになった成功事例
スーパードラフトは、アメリカの大学サッカーからプロの道を切り開くための重要な経路となっており、数々の成功した選手がこの経路を辿っています。
Andre Blake
2014年のMLSスーパードラフトで全体1位で指名されたAndre Blakeは、フィラデルフィア・ユニオンで長期にわたり正ゴールキーパーとして活躍し、MLS最優秀ゴールキーパー賞を何度も受賞した実力者です。彼は、MLSの中でも屈指の守備力を誇り、同クラブの中心選手としてそのキャリアを築きました。
Maurice Edu
2007年のMLSスーパードラフトで全体1位で指名されたMaurice Eduは、MLS新人王に輝き、その後アメリカ代表にも選出されるなど、MLSと国際舞台で成功を収めました。彼は、MLSだけでなく、ヨーロッパでもプレーした経験を持ち、その能力を証明しています。
Cyle Larin
2015年のMLSスーパードラフトで全体1位指名を受けたCyle Larinは、オーランド・シティSCでのキャリアをスタートさせ、すぐに実力を発揮しました。彼はMLS新人王を獲得し、その後、欧州リーグに移籍するなど、クラブと代表で活躍しました。
日本人の成功事例
アメリカの大学サッカーを経てスーパードラフトで指名され、プロ選手として成功を収めた日本人選手を紹介します。
木村光佑
木村光佑は、アメリカのウェスタン・イリノイ大学でプレー後、2007年のMLSサプリメンタルドラフトでコロラド・ラピッズから指名されました。彼は、MLSキャリアを通じて180試合以上に出場し、右サイドバックとして活躍。特に2010年にはMLSカップ優勝を経験し、安定したプレーでチームに貢献しました。
遠藤翼(Tsubasa Endoh)
遠藤翼は、メリーランド大学から2016年のMLSスーパードラフトでトロントFCから1巡目(全体9位)で指名されました。彼はMLSで約6シーズンプレーし、MLSカップ優勝(2017年)を果たし、サポーターズ・シールド(2017年)にも貢献しました。
クロリッキー健(Ken Krolicki)
クロリッキー健は、ミシガン州立大学から2018年のMLSスーパードラフトでモントリオール・インパクトから指名されました。MLSでのキャリアは2シーズンと短かったものの、ミッドフィールダーとして一定の貢献を果たし、MLSでプロ選手として活躍しました。
現在のスーパードラフトと今後の展望
近年のMLSは、各クラブのユースアカデミーの充実や国際スカウトの強化によって選手獲得の経路が広がっています。それにより、スーパードラフトは主役から補完的役割へと位置づけが移行しつつありますが、大学サッカーでの成長を経てプロ入りを目指す選手にとっては依然として重要な制度です。
多様な選手獲得戦略とクラブの選択肢
ドラフトの活用方法はクラブによって大きく異なります。アカデミー育成に重きを置くクラブは、指名権を他のリソースと交換することで、より柔軟な戦力編成を行っています。一方で、ドラフトを通じて大学から即戦力や育成対象となる選手を獲得し、チームの層を厚くするクラブもあります。
制度の未来と進化の可能性
MLSスーパードラフトは、その在り方について様々な意見が交わされてきました。グローバルな獲得手段の発展と並行して、制度の簡素化や下部リーグとの役割分担、選手の契約権に関する見直しなど、改善案が検討されています。
一方で、大学サッカーで力をつけた選手がプロ入りを目指す機会として、スーパードラフトは重要な役割を担っています。大学教育と競技の両立を経て、さまざまな価値観や経験を持つ選手たちがMLSに加わることは、リーグ全体の多様性と厚みを支える要素とも言えるでしょう。
現在進行中のNCAA改革や、MLS全体の競技レベル向上といった外部環境の変化により、ドラフト制度もまた柔軟に進化していく可能性があります。選手の能力を最大限に引き出すための制度設計と、多様な進路を尊重する仕組みが、今後のMLSにおける育成戦略をさらに豊かにしていくでしょう。
まとめ
本記事では、MLSスーパードラフトの歴史、仕組み、大学サッカーとの関係、選手の経験、成功率、変化する役割、そして今後の展望について詳しく解説してきました。
- スーパードラフトはMLSの選手獲得の伝統的な主要経路だったが、アカデミー制度の発展と国際市場の開拓により重要性が低下している
- 大学からプロへの道のりには多くの障害があり、指名されても契約は保証されない
- ドラフト選手の契約率は50%未満で、MLSで定着するのはさらに少数
- クラブによって戦略は二極化し、一部はドラフトを軽視する一方、他はコスト効率の良い補強手段として活用
- 将来はNCAA改革の方向性によって大きく左右される
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